2007年06月16日

本日なってるハウス

6月16日(土)河合拓始セッション
出演:
河合拓始piano
松本健一sax
臼井康浩guitar from名古屋 
鈴木茂流(永久持続音)from 名古屋
@入谷なってるハウス 台東区松が谷4-1-8 
TEL 03-3847-2113 開演20:00 

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昨日はご来場頂いた方、ありがとうございました。
また、共演者、スタッフ、ありがとう!!
誰でも生きてれば43歳になれる、という事を証明しました!

昨日のあのシンプル映像・音声+サックスソロ演奏、音と映像の関係に、私の中では今までに無い有機的な結びつきを感じました。
聴覚も視覚も、もっとも原始生命体に近いと思われる感覚である触覚が分化したものだとすれば、その元は同じであり、そのあたりを探索することの入り口あたりに辿り着いたのか、と思いました。まだまだですが。

あのシンプル(手はとてもかかっている)映像+単なるサックスソロをスタディとして、もっと複雑なものでもそのキモとなる要素を看破する事ができないか?とか、いろいろと妄想してます。
多分、よくみかける「表現行為」において余分なものが多すぎるのかもしれない。そこを意識にのぼらせる事まで出来れば、余計なものを丹念にそぎ落としてキモになる要素を残していけば(でも単に音数を減らすとか動きを少なく、って事ではないんですよね、厄介だ)単に強力な表現になるだけではなく、より広い一般性の高い表現になっていくんじゃないかと思いました。

もちろん、「過多」を表現の根拠にする場合は、余分なものが許される…と言うより「余分なもの」が余分なものではなくなる、ということでしょうね、きっと。それはそれで難しいですね。

きのう、シルエットで出演してくれたダンサーの一人、寺本さんが会場に駆けつけてくれましたが、本人とその影を見比べて、人間は一体何を見ているのか??と、とても不思議な気持ちになりました。

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というわけで、今日はなってるハウスで河合君のセッションです。いろいろな組み合わせで即興演奏する、というのが前回のこのメンバーでのセッションでしたが(私の記憶では、確か?)。

う〜ん、それにしてもシルエット、気になるなあ。

たとえば、カラーよりモノクロ(グレースケール)の方が良い場合って大アリだと思うのですが、さらにモノな、白と黒。
白と黒の境界。ボーダー。ボーダーズというCD作りましたが、こういう事だったのか!!
な〜んて。
「白と黒の境界」これ念のためにいいますが、人種問題には全く関係ありませんので。単に人間の感覚/認知のハナシです。
でも受け手によってはどうしてもカラんで考えてしまう人もいるかもしれない。

ちなみに、
http://www.iamas.ac.jp/〜masaot99/s/data/index.htm
自由即興フェスタのページより

河合拓始 piano
 ’63年生まれ。幼時よりクラシックピアノを学んだ後、’86年頃即興演奏を始めた。’91年東京芸術大学大学院音楽学専攻修了。’02年に発表した50分連続即興演奏CD「ピアノプラトー」は「フォームやコンテクストにしばられず何にも似ていない。何にも似ないことへの執着さえない」(佐々木敦)等と好評を得る。ソロを中心に共演者多数、ダンス・朗読など他ジャンルとの共働多数。現在ソロコンサートシリーズ継続中。作曲作品に室内オーケストラ曲、パイプオルガン曲等

ですね。
先日の上野の森美術館で披露された作曲作品「大愚 TAI-GU」 良かったです。
posted by けつまん at 15:04| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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